このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク

2019年2月18日 退院

5:00 主治医が来る。採血をする。今日の予定としては、この採血検査で特に問題がなければ、すぐにでも退院できるそうで。

6:00 朝食が来る。しかし昨日と同じ轍は踏まない。今日はご飯を半分だけ食べる。

それにしても、イマイチお腹空かないんだよなあ。やっぱり胆嚢を取ってしまったからじゃないのかなぁ。いくら歳をとって食欲が落ちたからって、ここまで消化が遅くなるなんておかしいじゃない。

10:00 主治医が来る。お腹の傷を見せてくださいと言うので見せる。もう縫合した箇所の状態は良いみたいだし、血液検査の結果も良好なので、もう退院しても良いですと言う。以後は定期的に通院するという事で。

11:00 看護婦が来て、今後について説明。今日は今からロキソニンが10錠出るので、これは痛い時に飲んでください。ただし、この薬は胃に悪いので、あんまりたて続けに飲まないようにという。あと、3月8日に予約を入れたので、この日にまた来てくださいという。

最後に、何かお預かりしていたものはありますか?と聞く。なんかあったっけ??

そうだ、ガウンだよダウン。手術用の、あれどこ行ったんだ??っていうか、アマゾンで買ったガウンが、この病院で使ってるレンタルのガウンと全く同じものなので、今から特定するのはまず不可能だろう。どうせ手術する時しか使わないんだし、もういいや、病院に寄付してしまおう。

12:00 帰宅。急いでパンジーに水をやる。4日も水やりしてなかったので、土がもうカラカラだ。今日は最高気温が12度にもなるので、今日が限界だっただろう。

さて問題は、冷蔵庫の中身が空っぽだという事。そりゃ、入院前に空にしといたんだから当たり前だけど、どうする。昨日みたいに、病院の朝食を完食しとけば、今日1日何も食べずに済んだんだけど、まさか午前中に退院できるとは思わなかったからなぁ。


 △先頭へ  コメント(0)  トラックバック(0)  拍手(0)

2019年2月17日 食べ過ぎて苦しい

6:00 主治医が来る。ここって一人の医者が何人(何百人?)も担当してて、その上外来もやってて、さらに急患が来ると急患の対応もしてるから、慢性的な医師不足で・・・。なもんで、入院患者を相手にしてくれるのって、1日に1回あるかないか、なんだよね。

主治医から今日の予定を教えてもらう。今日から飲食禁止は解除になるという事と、食事ができるようならば点滴も外してもらえるらしい。それは良かった。今まで尿カテーテルの違和感が強すぎて気にもならなかったが、この腕の点滴の針も結構太くて違和感があったんだよね。

8:00 朝食が来た。それはいいが、昨日まで飲食禁止だったわりには、ご飯が山盛りよそってある。もしかして、これ全部食べないと点滴を抜いてもらえないの??

というわけで、がんばって出されたものを全部食べるが、えらく量が多い。なんでこんなに多いの??そりゃ、40代の頃はこれぐらい余裕で食えたけど、今はもう食欲落ちちゃってこんなに食えないよ。なんとか出されたものを完食するが、もうお腹いっぱいでお腹破裂しそうだ。

10:00 主治医が来て、今から点滴と背中の痛み止めの管を外すと言う。

外してもらった。これで体についていた全ての器具が外された。よかった。あの異常な違和感からこれでようやく全てが開放されたわけだ。

その後、ベッドから起き上がると、肩が異常に痛い。医者に肩が痛いと言うと、多分同じ姿勢のままだったせいで肩が筋肉痛になったんじゃないかと言う。今までは背中の管から痛み止めを入れてたのでわからなかったのが、外したせいで一気に痛みが出たんじゃないかと。

その後、ロキソニンという飲み薬をもらって飲んだところ、痛みは引いた。ロキソニンが効いてる間だけは痛みを忘れる事ができるみたいだ。

が、問題はお腹の苦しさだ。まさか朝食があんなに山盛りよそられてるとは思わなかったからなぁ。半分にしときゃよかった。

12:00 昼食が来るが、まったく食えない。お腹パンパンだ。

18:00 夕食が来るが、まったく食えない。まだお腹パンパンだ。

なんでこんな食欲落ちちゃったのかなぁ。まる2日間全く何も食べてないわけだから、胃の中は空っぽだっただろうし、その後下剤+浣腸もしてるから腸も空っぽのはず。なのに、朝食が10時間経ってもまるで消化されてないってどういう事?

夜、ロキソニンが聞いて痛みはないが、どうもお腹いっぱいすぎて苦しい。明日は絶対朝食は残す事にした。


 △先頭へ  コメント(0)  トラックバック(0)  拍手(0)

2019年2月16日 地獄に仏

あれから何時間が経過しただろう?尿カテーテルのせいでおしっこが漏れそうな感覚は常時続いている上に、身動き1つできずに極度の腰痛に耐えながら、ようやく外が明るくなってきた。

6:00 「おはようございます」という声がして誰かが来た。誰だ??

医者キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!。主治医が来た。
「あなたが神ですか?」

・・・とにかく、医者ならこの状況をなんとかしてくれる、そう思った。なにしろ、看護婦には体中に取り付けられた機器を外す権限がないし、自分で外しちゃうと体を拘束されてしまうわけであるから、医者が来るのを待つしかないわけで。まさに地獄で仏を見た気分。

すると、「今からレントゲンを撮ります」と言う。レントゲン?って事は、

今からレントゲン室に行く → その前に尿カテーテルを外す → 常時おしっこが漏れそうな感覚がこれで終わる

やったー!!と思ったら、医者が用意してきたのはポータブルレントゲン。スキャナーみたいなのを上から当てるだけ。世の中便利なものができたもんだね・・・って、できちゃ困る。じゃあ、この尿カテーテルはこの後もずっとつけたままなわけ??

そしたら、医者が「じゃあ、酸素マスクはもういいや。整体モニターももういいでしょう。あと、血圧計も外しちゃってくれる?」と看護婦に指示してから帰っていった。

なので、尿カテーテルは外せなかったものの、少なくとも酸素マスクと指の洗濯バサミ、それに1時間毎に膨らむあのいまいましい血圧計も外された。これだけでも全然マシ。とにかく、口のマスクが蒸れてて気持ち悪かったし、指の洗濯バサミがすごいストレスだったからな。やっぱり医者は神か仏だった。

10:00 もう1回医者が来て、今日の予定を言った。「今から、尿カテーテルを外しますので、この後なるべく病院内を歩いてください。最初は痛いでしょうけど、がんばってください」と言う。

って事は、つまり・・・

やったー、尿カテーテルが外れるぞ!!!もう、岩崎恭子じゃないけど「今まで生きてて一番嬉しい」瞬間がまさにこの時だった。

それに、尿カテーテルを外してくれるのが男の医者で良かった。一昨日の剃毛の時は看護婦に見られちゃったけど、普段はフィジカルプロテクト(?)されてて中身(?)までは見られなかったのが不幸中の幸いだったからな。もっとも、看護婦ならそんなモンとっくに見慣れてるんでしょうけど・・・。

「じゃあ尿カテーテル抜きますよ。少しガマンしてください」って言うので、ぐっと痛みに備えたら、医者は一気にカテーテルを引き抜いた。ううむ、変な感覚だ。どういう感覚って言えばいいんだろう?例えるなら、幼稚園の頃おしっこを限界までガマンしてて、ついに漏れてしまった時のようなあの感じだな。

そんな事はともかく、急いでトイレに行った。いや、どうせカテーテルで強制排泄されてたから何も出ないんだけど、そんな事はどうでもいい。一滴でもいいからとにかく自力でおしっこがしたかった。それでようやく、常時続いたおしっこが常に漏れそうな感覚を終わりにできる。

とにかく、昨日手術が終わったのが午後五時。それから、身動き1つできずストレスでいっぱいの状態に必死に堪えていた状態がようやく終わった。時間にして17時間か。今までの人生の中で最も長かった17時間だった。

しかし、今回は17時間で終わったからいいけど、これで歳を取ってからガンが見つかって手術したら、おそらく17時間じゃ済まないだろうなぁ。最悪、死ぬまでこのストレス状態が続いたまま、そのまま死んでしまうのではなかろうか?

なるほど、母は最後、いつ死んでもおかしくないぐらいガンが悪化していてとても帰宅できる状態じゃなかったのに、それでも母が帰らせろ、帰らせろと言って俺を困らせたのはそういう事だったのか。たしかに、尿カテーテルを入れられて身動き一つできない状態で死を迎えるのは嫌だな。

かといって、検索すると自宅で死なれると俺が警察から長時間に渡って厳しい取り調べを受ける事になるみたいだし、生前母とはよくケンカしてたから警察は真っ先に俺を疑うだろう。「お前が殺しんたんだ!吐け!吐け!」とか言われてたかもしれん。そんな状況で母に家で死なれるわけにもいかなかったのですよ。

こういうの、なんとかなりませんかねぇ。事前に「いつ病死してもおかしくない状態だとわかった上で自宅で死にます」と警察に連絡しておいて、それで自宅で死んでも警察から犯人扱いされずに済む、みたいな。だって医者に聞けば、放っておいてももうすぐ死ぬ(あえて罪を犯してまで殺すわけがない)って事ぐらいすぐわかるはずだもん。それで犯人扱いはおかしいと思う。なんか、今の警察のやり方だと、実質病院以外じゃ死ねないような状況じゃない。


 △先頭へ  コメント(0)  トラックバック(0)  拍手(0)

2019年2月15日 手術後の長い夜

一夜明けて、入院2日目。今日はいよいよ手術の日。

10:00に看護婦が来て、浣腸をすると言う。処置室に行く。しかし、今日はお尻を出すだけなので、前は見られずに済むから良い。

「浣腸はやった事ありますか?」と言うので、「ありませんよ、ノンケだし」とかぶつぶつ言うと「え?」と言うので「いや、こっちの話」と言った。

その後、浣腸される。ただでさえ昨日下剤を飲んでるので、お腹は一気に下って極度の腹痛。しかし、ちゃんと処置室には様式便器がついている。いそいで様式便器に座ってお腹のものを一気に出した。なんかスッキリした。

11:00に担当医が来て、今から手術の説明をすると言うので、ナースステーションの特設テーブルに行った。

今回の手術は腹腔鏡手術による、胆嚢切除手術。おへそからカメラを入れて、カテーテルによる遠隔操作でモニターを見ながら胆管をくっつけた後、胆嚢を切除するという。

ただし、1万人に1人の確率で肝臓から胆嚢にバイパス管が伸びてる場合があって、その場合、腹腔鏡ではどうにもならないので、腹を切開する場合がある、との事。また、人によっては思わぬ場所に血管があって、それを切ってしまう場合があるので、その場合は切開して止血した後、血液製剤を使うという話だった。

とにかく、自分の体がもし一般的な人の構造と違っていたら、腹を切られてしまうっていう事だな。

12:00に手術着に着替えてくださいと言うので、例のアマゾンで買った手術着を着た。

13:00 手術室に入った。背中にとっても痛い注射をされた。これは、背中に痛み止めの管を入れるための麻酔なんだそうで、麻酔をするための針が痛いとはこまったもんだ。その後、背中に管を入れたが、これは麻酔が聞いてたおかげで痛くなかった。

その後、麻酔を入れますという声がした・・・





途端に、腹に激痛が走った。看護婦の「終わりましたよ」という声が聞こえた。見ると、いつの間にか手術室は出ており、自分の病室にいた。

隣で、ものすごいケンカする声が聞こえてきた。頼む、今だけはケンカはやめてくれ。今はほんの少しのストレスで、傷がとっても痛む。

あまりの痛さに耐えかねてナースコールのボタンを押した。スピーカーから「どうしました?」って聞こえてきたが、痛くて声が出せない。すると看護婦が来て「どうしました?」と聞くので、泣き声で「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い」って連呼した。すると「痛いですよねー」と言う。まったく他人事だと思って・・・。

しかし、この「痛い痛い」が聞こえたのか、隣のケンカは収まった。

少しして、他の看護婦が来て「夜の担当の◯◯です」と言う。えー、看護婦の引き継ぎって午後五時でしょ?麻酔で眠る前はたしか午後1時だったはず。えー、手術4時間もかかったの??

前にGoogleで検索したら、胆嚢切除手術は2時間〜2時間半と書いてあったので、てっきり今は3時から4時だと思っていたのに、5時とは。そもそも、腹腔鏡手術は患者の負担が軽いという話だったのに、この激痛は一体なんだ。

そういえば、前に1万人に1人の確率で予期せぬ事態に陥る場合があって、その場合はお腹を切開するとか言ってたぞ。って事は、腹腔鏡ではどうにもならず、結局切開されてしまった、そのために手術に時間がかかった・・・と見るのが自然だろう。

??時 少し痛みがマシになってきたので、状況を整理してみる。

・右手の人指し指には整体モニターの端末がついてて、ずっと洗濯バサミで指を挟まれている感じがする。

・足は、エコノミークラス症候群防止の靴下を履かされていて、これがけっこうキツい。
・左腕には血圧計がつけられており、定期的に膨らむのだが、これがけっこう痛い。

・口には酸素マスクがつけられている。

・股間には尿カテーテルがつけられており、パイプが短くて身動き1つできないし、寝返りもうてない。

おまけに、今何時なのかもサッパリわからないし、そもそも身動き1つできないので時計を出す事もできない。困った・・・。

左手がかろうじて自由に動かせるようなので、左手でなんとか引き出しを開けてスマホを取り出してみる。なんとかスマホを出すことに成功。これで時間が確認できる。今は深夜の3時ぐらいだろうか・・・

と思って時計を見たが、まだ夜の0:38だった。って事は、この状態を少なくともあと10時間は耐えないといけないという事か。

なんとか、右手の洗濯バサミを外してみるが、途端に「ピロリン ピロリン ピロリン ピロリン」って音がして看護婦が飛んできて、洗濯バサミを挟まれてしまった。どうやらこれを外すと生体モニターが異常を報告するみたいだ。なので、これは外すとバレる。

尿カテーテルは自分じゃ絶対外せないだろう。というか、手術前の説明で、「自分で機器を外すような事があった場合は、腕を拘束させていただきます」って言ってた。

父が最後に入院した時は、既に認知症が悪化していて自分がなぜ点滴や尿カテーテルをつけられているのか理解できず、何度ダメと言っても自分で外そうとしてしまう。病院側も仕方がないので、腕を拘束したのだが、それでも父が「これを取ってくれ取ってくれ」と言うので、涙が止まらくなった。

という事があったので、尿カテーテルを自分で外す事はできない。ただでさえストレスがたまる状況なのに、その上腕を拘束されたら狂い死ぬかもしれん。

しかし問題なのはこの腰の痛みだ。ずっと真上を向いた状態から身動きできないから、持病の腰痛が悪化して腰が痛くて死にそうだ。しかし、寝返りも打てない。困った。

仕方がないのでナースコールを押して「向き変えたい」と言ったら、なんとか体の向きを右向きにしてもらえた・・・が、それはそれで切開した腹に響いて痛い。これだと腰痛の方がマシなので、自分で上向きに戻してしまった。

さらに問題なのが膀胱の違和感だ。常時おしっこが漏れそうな感覚に襲われている。またナースコールを押して、「おしっこ漏れそうなんですけど」と言うと、「大丈夫ですよ。ちゃんと尿は出てますから」と言う。では、この常時おしっこが漏れそうな感覚は一体何だ?

あと、普段たと仕事中に大しておしっこしたくなくても、トイレに言って一息ついたりするし、トイレでおしっこをする事そのものがある程度気晴らしになるんだけど、今はそれすらできない。おしっこができない。尿はカテーテルで強制的に出されてしまう。

とにかく、なんとかして寝ないと、この長い夜を乗り越える事はできない。どうにかして寝る事はできないだろうか?

しかし、今の違和感は半端ではない。指には洗濯バサミ、足にはキツい靴下、腕には定期的に膨らむ血圧計、膀胱は常におしっこしたい感覚、口には蒸れて熱い酸素マスク・・・とにかく最悪だ。こんな最悪な状況、これまで生きてて一度も体験した事ない。

とにかく、もう金輪際手術はしない事を誓った・・・んだけど、じゃあもしこの後ガンになったらどうするの?って思った。母は病院の検査から逃げ回っていたせいで、ガンが発覚した時は既に全身に転移していて手遅れになり、結果、耐え難い痛みに耐えながら血を吐いて死んだ。なので、ガンになったら手遅れになる前に手術を受けるしかないのだ。

01:30 スマホを見るとまだ1時半だ。一体尿カテーテルを外せて体の向きを変えられるまで、あと何時間この拷問に耐えないといけないのか。

しかし、人が死ぬ時ってどんな感じなんだろうか?両親ともに、死んだ時は尿カテーテル入れられたまま、点滴をつけられたまま、身動きできない状態で死んだ。病院で死ぬって事はつまり、この状態で死ぬまで開放されないまま死ぬって事だよなぁ。自分も人生の終わりにはこの体験をしないといけないのだろうか?

などと考えていたら、いつの間にか寝てしまった・・・が、電車の中で失禁する夢を見て慌てて飛び起きた。しまった、おねしょしてしまった??

・・・わけない。そもそも、今の状態でおねしょなんてできない。尿はカテーテルで勝手に出ていくんだからな。しかし、おしっこが漏れそうな感覚は常時続いたままなので、この後何度寝てもまた失禁する夢しか見ないだろう。

なんか、突然松山千春の「長い夜」が頭に浮かんだ。「♪恋に揺れる心ひとつ」最後まで歌を思い出した後、もう1回最初に戻ってまた同じ歌を思い浮かべる。これでなんとか時間を凌ごう。

時計を見ると・・・まだ3時だ。一体いつになったら夜が明けるのだろうか?

とその時、口から酸素マスクが外れた。なんだ、これ取れるのか。ならば取ってしまおう。蒸れた酸素マスクの違和感がなくなれば、状況はかなりマシになる。

ところが、すぐに看護婦が飛んできて酸素マスクつけ直されてしまった。なので「これ、蒸れて気持ち悪いんですけど」と言うと、「ダメです!!主治医の指示ですので、ちゃんとつけてください」と言われた。

ああ、これでまた酸素マスク外しちゃうと今度は腕を拘束されてしまうんだろうなぁ。やっぱり医者が来るのを待つしかないみたいだ。


 △先頭へ  コメント(0)  トラックバック(0)  拍手(0)

2019年2月14日 入院1日目

今日から手術に向けて入院しないといけない。手術は明日なのだが、今日は下剤を飲んだり剃毛をしないといけなかったりと、色々とやる事があるらしい。

病院は10時から10時半の間に入院受付窓口に来てくださいと言うんだけど、残念ながら三崎台から市立病院まで直接行けるバスが10時台に1本もない。かといって、バスを乗り継いで市立病院に行くとなると、三崎台→片柳支所→北浦和駅→市立病院と死ぬほど遠回りをしないといけない上に、時間にして1時間半はかかってしまう。んな、徒歩で30分で着く所になにも1時間半もかけてバスで行く必要もない。

かといって、長期入院するのに自転車やバイクで行って長期駐輪したら、放置自転車、放置バイクだと思われて撤去されてしまうかもしれない。仕方ない、30分かけて歩いていくか。

10:15 市立病院入院受付窓口。この窓口、毎回思うんだけど「順番ですので、番号札持ってお待ち下さい!」ってなんかいつも怒ったような言い方で言われるんだよなぁ。そんなに入院してほしくないのかな?番号札ぐらい機械で発券すりゃいいのに。

11:00 病室に案内される。パジャマに着替えてくださいと言うので着替える。「手術する時は、裸に前開きのガウンを着てもらいますが、お持ちですか?」と聞くので、アマゾンで買ったのを出した。



すると「え?これどこで買ったんですか?」と聞くので「アマゾンですけど?」と言うと、「これって、ここでレンタルしてるガウンと全く同じものなんですけど」と言う。それは困ったな。手術した時にレンタル品と自分で買ったのが混ざっちゃう。どうする・・・と思ったんだけど、まあどうせ金輪際手術する気はないからいいか、と安易に考えていた、この時は。

14:00 年配の看護婦が来て、今から剃毛をすると言う。お腹を切るわけであるから、きっと胸毛と腹毛を剃るんだろうと思っていた。

処置室に入ると、ズボンを脱いでくださいと言うので、パジャマのズボンを脱いだ。すると、パンツおろしてもらってよろしいですか?と言う。え?パンツ?いや、これはパンツ↑、つまりズボンの事だろうと思って無視していたのだ、が・・・。

すると、年配の看護婦が「それじゃ失礼しますね」とか言ってパンツを下げた。えー!!なんでや!陰毛関係ないやろ!

「見たね、おふくろにも見せた事ないのに!!」(アムロの声で脳内再生してね)

結局、陰毛を全て、袋のまわりに生えてる毛すら完璧に剃られてしまった。これじゃ小学生ではないか!!

ここで余談。小5の林間学校は2泊3日だったのだが、お風呂はクラス単位で大浴場だったのだが、他の人はフルチンで前も隠さずふざけて走り回ったりお湯のかけあいなどしていたのだが、自分はひた隠しにしていた。なぜなら、どういうわけか自分だけボーボーだったのだ。てっきりクラスの他の奴らも既にボーボーだと思っていたのになぜ??

その後、浴室で体よく洗ってくださいと言うので、浴室に行って備え付けのビオレUで体を洗うのだが、なんか袋の周囲がヒリヒリする。見ると、袋があっちこっち傷だらけだ。なんだよ、もっと上手い人いなかったのか!?

21:00 下剤の錠剤を渡される。しかし、水がない。なんで??ああ、そうか、普通は入院する時は「水のみ器」を持ってこないといけなかったのか。いや、前に両親のためにアマゾンで買ったんだけどね。両親が死んだ時に、もうこんなもん二度と使わんだろうと思って不燃ごみで出しちゃったんだっけな。

しょうがないので、販売機ゾーンに行って「いろはす」を買ってきた飲んだ。しかし、この先水が飲みたい時は買わないといけないのか、トホホ。次に入院する時は水飲み器買っておこう。

22:00 点滴をつけられる・・・が、痛い。なんでこんなに痛いねん。尿管結石の粉砕手術を受けた時とか、造影CTをやった時の点滴はこんなに痛くなかったのに。針をさす場所も、腕の外側の方の硬いとこだから余計痛いし。

以後は飲食もできないし、水も飲めないと言う。まあ、水は点滴があるので喉は乾かないとは思うが、飲めないと言われると妙に飲みたくなるから困ったもんだ。まあ、明日手術が終わったら思う存分飲めばいいか。


 △先頭へ  コメント(0)  トラックバック(0)  拍手(0)

 
  2019年02月  
 
 
27 28 29 30 31 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 1 2
最近のコメント
2012年6月25日12:19 S / TSUJI
最近のトラックバック
スポンサーリンク